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行政経験者が語る、自治体連携コンプライアンスのリアル

1.連携は「よいこと」だけではない

私は、自治体職員として産業振興やスタートアップ支援、DX推進、官民連携事業などに20年以上携わってきました。
その過程で、企業や議員、大学、NPOなど多様な主体と協働しながら、地域課題の解決に取り組んできました。

これらの取組みのなかで常に意識していたのが、「どこまでが適正な関係で、どこからが不適切なのか」という線引きです。
企業側から見れば“前向きな提案”でも、行政側からは“コンプライアンス上グレー”に見える場面が少なくありません。

今回はそうした経験をもとに、「行政経験者が語る、自治体連携コンプライアンスのリアル」として、
企業担当者の方が安心して自治体と連携できるためのポイントを整理しました。

行政・議会・民間の「連携」は、地域課題の解決や政策形成の深化において重要なキーワードです。
行政現場でも「官民連携」「議会連携」「協働」という言葉を耳にしない日はありません。

しかし実際の現場では、善意で行った行為が制度上のルールを逸脱してしまうことや、
「どこまでが適正で、どこからが不適切なのか」という線引きに迷う場面が少なくありません。
行政職員としては、法令や公務倫理の範囲内で信頼関係を築くことが求められますが、その基準はしばしば曖昧に見えるのが実情です。

こうしたグレーゾーンの判断を整理するうえで、私はしばしば「ホワイトな連携」と「ブラックな連携」という言葉を使っています。
これは単に“善悪”を分けるものではなく、行政と企業の関係性を「手続きの透明性と公正性」という軸で見極めるための例えです。
どんなに意図が善意でも、手続きや情報公開のルールを軽視すれば「ブラック」に見られてしまうこともある。
逆に、適正なルールを踏まえた上で協働すれば、安心して信頼を育める「ホワイト」な関係を築くことができます。

本稿では、行政実務の経験をもとに、そうした境界線の考え方と、信頼を生む協働のあり方を整理してみたいと思います。

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2.行政職員の視点:ルールの内側と外側

行政職員の行動は、地方公務員法や職員倫理条例などの法令に基づいて定められています。
特に「職務の公正な執行」「秘密保持」「利害関係者との接触制限」などは、議員や民間との関係において常に意識すべき基本原則です。

多くの自治体では「職員倫理規程」が整備されており、たとえば利害関係者との会食についても細かな基準が定められています。

例えば、東京都杉並区では「利害関係者との接触に関する指針」が定められています。
【杉並区 利害関係者との接所に関する指針 ガイドライン 】
https://www.city.suginami.tokyo.jp/documents/5452/02guidelines.pdf

その他、多くの自治体でも同様にガイドラインが定められており、私が勤務していた自治体では、4,000円以上の飲食を行う場合は事前に人事課へ書面届出が必要で、4,000円未満でも上司への報告が義務づけられていました。
民間事業者との打合せは基本的に複数名で行い、市役所外で会うことは原則NGという運用でした。

議員対応についても、内容や発言の取り扱いに慎重さが求められます。
担当職員が誤解を招く説明をしないかを心配し、議員対応は常に課長以上が同席するというケースもありました。
こうしたルールは組織を守るための仕組みですが、過度な慎重さが対話の機会を狭めてしまうこともあります。

一方で、こうしたルールを怠ると、内容に問題がなくても「ブラックな対応」と見なされることもあります。行政職員としての信頼は、行為の内容よりも「手続きの適正さ」で判断されることを意識する必要があります。

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3.ホワイトな連携とは:透明性と公正性の確保

ホワイトな連携の特徴は、公平性・公開性・説明可能性の3点にあります。

たとえば議員からの政策提案に対して、職員が法令や制度の観点から建設的に情報提供を行うことは、行政として健全なやり取りです。
もちろん、その際には届出や上司への報告など、組織としての手続きを踏むことが前提となります。

私の経験では、議員や民間との関係を「慎重にしすぎる」組織文化も少なくありませんでした。
リスクを避ける意識が強いあまり、必要な情報共有まで避けてしまい、結果として新しい取り組みが生まれにくいという側面があります。

一方、民間との関係では、公募型プロポーザルや提案募集など、機会の公平性を確保した上で実施することが原則です。
プロポーザルの際には質問期間も定められ、その期間に質問されたものでなければ受け付けないようにし、公平性を担保しています。

ホワイトな連携とは、特定の誰かの利益のためではなく、地域全体の利益と制度改善を目的とした協働です。

その姿勢こそが、組織への信頼を高め、職員が働きやすい環境を生みます。

 

4.ブラックな連携とは:信頼を損なう行為の構造

一方で、ブラックな連携は、ルールの枠外で行われる非公式な関係に特徴があります。
たとえば、特定の議員や事業者に対して非公開の情報を提供したり、便宜的な調整を行ったりするケースがこれにあたります。

こうした行為は、職員本人に悪意がなくても、外部から見たときに不公正に映れば、それだけで組織の信頼を損なう要因となります。行政の信頼は「公平公正を示すこと」によって支えられているため、手続や情報公開のルールを軽視すれば、結果として組織全体が疑念の目で見られてしまいます。

具体的には、未公表の予算情報を議員や民間企業に伝える、プロポーザルの仕様書や予算額の詳細を事前に教えるといった行為は、明確なルール違反です。
こうした状態が常態化すると、行政の私物化が進み、一部の事業者だけが継続的に登用されるようになります。
その結果、施策は不透明となり、客観的な評価や見直しも行われにくくなります。

最終的には、行政組織にとっても地域にとっても大きな損失となり、官民連携そのものへの信頼を損なう悪循環を招きます。

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5.信頼を生む連携に向けて:距離を取りすぎず、透明性を保つ関係づくり

行政・議員・民間が安心して協働できる環境には、透明性とリスク管理を両立した関係づくりが欠かせません。
記録を残し、複数の職員で対応し、会議体を通じて情報を共有する。こうした基本を徹底すれば、過度な不安を抱かずに前向きな連携が可能です。

ただ、現場の実感としては、自治体によってはリスクを恐れるあまりに議員や民間と距離を置きすぎる傾向があります。

距離を取りすぎると情報や意見の共有が途絶え、結果として良い取組みが進まなくなってしまいます。
議員や民間の持つ知見や発想を施策に活かせないのは、行政にとっても大きな損失です。

議会の議場や委員会での議論も意義深いですが、発言の裏にある本音や地域事情は、個別の対話を通じて初めて理解できることもあります。適切な記録と手続きを前提とすれば、こうした対話は「ブラック」ではなく、むしろ信頼を深める営みといえます。

実際、官民連携がうまく機能している自治体では、ルールを守りながら柔軟に動く文化が見られます。

つまり、この「ルールを守る」という姿勢にも、二つの方向性があるということです。

.ルールを“守るために距離を取る”自治体

誤解やトラブルを避けることを最優先に、議員や民間企業と関わること自体を避けてしまう。
結果として、連携は形式的なものにとどまり、新しい発想や改善の機会が失われてしまいます。

2.ルールを“リスクヘッジとして上手く使う”自治体

法令や倫理規程をきちんと理解し、その範囲内で積極的に民間と対話し、情報を共有しながら進めていく。
ルールを「縛り」ではなく「安心して協働するための安全装置」と捉えるマインドです。
このような自治体では、会議の議事録や意思決定のプロセスを明確にしながらも、民間の知見を柔軟に取り入れ、地域課題の解決へとつなげています。

“ルールを守ること”と“何もしないこと”は同義ではない。
むしろ、ルールを理解し、上手に活かすことこそが、信頼に基づいた官民連携を前進させる鍵だと考えます。

倫理規定を遵守しつつ、公式・非公式の情報交換を適切に組み合わせ、地域の利益を最大化しているのです。
行政が過度に保守的になると、創意と機会を自ら手放すことにもなりかねません。

また、民間企業の皆さんが行政のルールを十分理解していない場合も多いため、職員がリスクを把握し、丁寧に説明することも重要です。
議員や民間が行政の制約を理解すれば、より建設的な連携が実現します。

信頼を生む連携とは、「近づかない距離」ではなく、「お互いの立場とルールを理解し合う距離」にあります。

ルールの中で柔軟に動き、誠実な対話を重ねること。それこそが、持続的な協働文化を育てる第一歩だと感じます。

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