株式会社issues /public affairs支援事業

行政職員から見た「議員アプローチ」のリアル~行政を動かす“理解”と“信頼”の構造

作成者: M.K|Oct 16, 2025 5:24:23 AM

企業が行政に提案を持ち込むとき、「議員を通したほうが早い」と耳にすることがあります。
確かに、議員が行政幹部に声をかければ、面談の場がすぐに設定されることがあります。
しかし、その一方で、議員が関与しても「なかなか話が進まなかった」という声があることも事実です。

なぜ、同じ“議員アプローチ”なのに結果が異なってしまうのか。
その違いは、実は行政の内部構造や意思決定の“流れ方”にあります。

私はこれまで行政職員として、議員・企業・住民という三者の間で多くの案件に携わってきました。
その中で感じるのは、議員に紹介してもらったことで安心してしまうと、行政の中で進まなくなってしまうリスクがあるということ。

一方で、行政の仕組みと心理を理解して進めると、議員連携は非常に強力な推進力になります。

今回は、行政内部のリアルな意思決定の構造をもとに、
「議員を通すと話が早い場合」と「進まなくなる場合」の違いを、現場の視点から整理してみます。

1. 行政が動くまでに必要なプロセス

行政という組織は、外から見ると明確なピラミッドのように見えます。
上司の決裁を経て、部長、副市長、市長へと順に上がっていく。
そして「誰が言うか」で物事が決まる、そう感じる人も多いのではないでしょうか。

確かに、議員の発言や部長・市長クラスの判断が、現場の動きを左右する場面は少なくありません。
実際、市長や議員の関心が高い案件は優先的に検討される傾向があります。
しかし、行政はそれだけで動くわけではありません。

行政の内部には、「決裁を取る」ための調整と納得のプロセスが存在します。
一つの提案を実行に移すには、同じ課の中だけでなく、他部署、さらには関連する外部機関との調整が必要になります。
なぜなら、行政の意思決定は、単に上層の意向で決まるのではなく、
これまでの施策の経緯や予算、他部署との整合性、市民や他の事業者への影響を踏まえて慎重に判断されるからです。

つまり、誰が言うかは確かに影響力を持つものの、
最終的に「どう調整し、誰が納得しているか」が行政を動かす鍵になります。
議員の発言が最も効くのは、行政内部の合意形成を“後押しする意見”として機能する場合。
「議員が言ったから」と言うことに加え、「議員の言葉で他部署も納得した」という形にすることが話を進めるうえで重要なポイントになるのです。

議員の関与は行政への扉を開ける強力な力になります。
そして、その先で行政を前に進めるためには、
内部の意思決定や予算の構造、そして職員同士の調整の仕組みを理解することが欠かせません。

2. 「議員からの紹介案件」が行政でどう扱われるのか

議員からの依頼や紹介案件は、行政の中で特別な扱いになります。
議員が関与することで、上司や管理職の関心が高まり、案件の優先度が上がることは間違いありません。
議員の同席や紹介がある時点で、その案件は「通常の企業訪問」ではなく、“注視すべき案件”として扱われます。

一方で、こうした案件は管理職にとってナーバスな領域でもあります。
なぜなら、それが単なる業務ではなく、「政治的案件」として認識されるからです。
政治的な要素が強い案件は、判断を誤ると組織全体に影響を及ぼす可能性があるため、自然とリスク回避の動きが働きます。
とくに課長クラスの管理職にとっては、「誰が責任を取るのか」「他部局の理解は得られるか」といった慎重な見極めが求められるのです。

そのため、たとえ内容が優れた提案であっても、
「政治的にセンシティブな案件」と判断されると、
内部で複数の部署を巻き込んだ確認や調整が必要となり、結果として進みが遅くなることもあります。
これは拒否ではなく、行政としての慎重なプロセスに基づいた対応です。

したがって、効果的なアプローチは「議員を通すこと」だけではなく、
議員の関与と職員との信頼構築を両輪で進めることにあります。
行政の意思決定や予算の構造を理解したうえで、
入り口とプロセスの要所で議員に関与してもらいながら進めていく。
それが、行政内部の“流れ”に沿った、最も現実的で効果的な進め方です。

3. 議員と連携し、「行政を理解させる」視点を持つ

行政との連携を進めるうえで、議員を味方につけることは大きな力になります。
しかし、そこで止まってしまうと、行政の中で提案の狙いや背景が十分に伝わらず、案件が進まないこともあります。
本当に重要なのは、議員の協力を得ながら、行政の中で“理解される構造”をつくることです。

行政組織には、制度や予算、手続きの正確性を重視する文化があります。
それ自体は健全な仕組みですが、現場の担当者の中には、提案内容の本質や意義を十分に理解できず、
「例年の枠にない」「前例がない」という理由で止めてしまうケースも少なくありません。
良い提案であっても、「理解されないまま止まる」ことが、行政との連携では最大のボトルネックになります。

そこで鍵を握るのが、議員の存在です。
議員を“味方”としてだけでなく、行政の中で意図を伝える“通訳者”として関与してもらう。
つまり、行政の論理やタイミングを踏まえつつ、
議員のネットワークや発言の機会を活かして、提案の背景や目的を“伝わる層”まで届けてもらうことです。

企業側は、政策テーマ(脱炭素・子育て・人材育成など)を議員の発言や行政計画から読み取り、
自社の提案を「今、行政が注目している課題」と結びつけると効果的です。
行政には年度ごとの予算サイクルや人事異動のタイミングがあるため、
その“時間の流れ”を理解したうえで、議員と協調しながら要所で行政を動かす。
それが、現実的で持続的な官民連携の進め方です。

4.「信頼の翻訳者」というポジションを

議員も、行政も、企業も、
立場やアプローチは違っていても、最終的な目的は同じです。
それは、地域をより良くしていくこと。

しかし、現実にはそれぞれの立場で使う「言葉」や「時間の流れ」、そして「成果の捉え方」が異なります。
行政は慎重に、制度と整合性を取りながら進め、
議員は市民の声を背景にスピード感を求め、
企業は事業としての実行性や収益性を重視する。
そのリズムの違いが、しばしば誤解やすれ違いを生みます。

官民連携を成功させるために必要なのは、
その“違い”を埋める存在、つまり「信頼の翻訳者」です。
三者の立場や言語を理解し、それぞれの意図を正しく伝え、
「行政が動ける形」「議員が納得できる形」「企業が実行できる形」に整理していく。
そこにこそ、持続的な協働の土台が生まれます。

議員や企業、行政のそれぞれが互いの立場を理解し合うことが、真の官民共創の第一歩です。
元行政職員として、今後も現場の経験をもとに、行政のリアルや協働のヒントをお伝えしていきたいと思います。