ここ数年、自治体と企業の連携領域において「まずは実証実験(PoC)から始めましょう」という流れが急速に広がっているように思います。
スマートシティ、地域DX、観光、防災、福祉、スタートアップ支援など、分野を問わず“実証ありき”の企画が増加しています。
その立場から見ていると、この流れは決して偶然ではありません。
自治体評価の仕組み、補助金制度との親和性、限られた期間で成果を可視化しなければならない行政運営の事情、そして企業側の営業戦略。
それぞれの合理性が重なり合うことで、実証実験は「最も着手しやすい選択肢」として選ばれやすくなっています。
外から見ると、各地で新しい取り組みが次々と始まり、地域課題の解決に向けた施策が動き出しているように映ります。
実証実験の件数も増え、取り組みの幅も広がっています。
しかし、実際の現場では違和感を覚える場面も少なくありません。
実証を実施したという事実だけが残り、
「何が検証され、何が分かり、何が変わったのか」が整理されないまま、次の施策に接続されない案件は少なくありません。
外から見れば、前に進んでいるように見える。
しかし、現場感覚としては「改善につながっていない」。
このズレこそが、現在の実証実験が抱える構造的な課題を象徴しています。
そもそも実証実験とは、何を目的としたプロセスなのでしょうか。
本来の定義は非常にシンプルです。
実証実験とは、「本導入の可否を判断するための仮説検証プロセス」です。
言い換えれば、これは“成果”ではなく“準備装置”です。
本番の意思決定に耐えうる材料を集めるための装置であり、実証そのものがゴールになることは本来あり得ません。
しかし現実には、
実証を実施したという事実
プレスリリースに出せる実績
視察対象としての価値
こうした副次的な要素が先行し、本来の役割が見えにくくなっているケースが多く見られます。
ここに、実証の形骸化の第一歩があります。
実証実験が機能不全に陥るケースには、非常に典型的なパターンがあります。
たとえば、以下のような状態です。
実証を実施した時点で満足してしまう
そもそも検証設計が存在しない
成功・失敗の評価指標が定義されていない
民間側が「実績作り」を主目的にしている
行政側が「とりあえずやっておく」という姿勢で臨んでいる
特に深刻なのは、「この実証の結果を、どう意思決定に反映させるのか」という設計が存在しないことです。
実証は実施される。
報告書は作成される。
しかし、誰もそれを“判断材料”として扱っていない。
この瞬間、実証実験は“経験”ではなく“消耗”に変わってしまいます。
この問題は、個々の担当者の能力や意欲の問題ではありません。
根本は構造にあります。
典型的なのは次のような構造です。
本導入の設計図が存在していない
成果が定義されていない
ゴールが曖昧なまま検証だけが進められる
つまり、「どこへ行きたいのか」が決まっていない状態で、「測る」ことだけが行われているのです。
これはいわば、ゴール不在の検証という状態です。
この構造に陥ると、どれだけ真面目に実証を行っても、その成果は次の意思決定につながりません。
では、うまくいく実証実験は何が違うのでしょうか。
最も重要なキーワードは、バックキャスト型設計です。
順番が逆なのです。
まず決めるべきは以下の問いです。
本導入後、どのような状態を実現したいのか?
どの状態になったときに「成功」とみなすのか?
そこから逆算して、
検証すべき仮説
計測すべき指標
評価の方法
を設計します。
「まず実証して、結果を見てから考える」のではなく、
最初に“導入後の世界”を描くことが、本質的な分岐点となります。
この設計ができているか否かで、実証の価値は大きく分かれます。
この問題は、どちらか一方の責任ではありません。
それぞれに構造的な課題があります。
本導入を前提とした要件整理
数値目標・評価指標の定義
「前例がない」という理由で思考停止しない姿勢
実証を営業実績で終わらせない意識
中長期視点でのパートナーシップ設計
行政特有の意思決定プロセスへの深い理解
信頼を生む官民連携とは、「実証を売る関係」ではなく「導入までを共に設計する関係」です。
実証実験は、単なる技術検証やプロダクト評価の場ではありません。
しかし同時に、それらを否定するものでもありません。
実証実験の本質は、
「技術的な妥当性の検証」と
「社会的な信頼の獲得」を同時に設計することにあります。
本来、実証実験は次の二つの役割を担っています。
一つは、
技術が現場で本当に機能するのか。
運用に耐えうるのか。
既存の業務と適合するのか。
もう一つは、
行政・議会・市民に対して
「この取り組みは妥当であり、説明可能であり、信頼に足るものだ」と
客観的に示すことです。
技術面でどれだけ優れていても、
議会に説明できない。
市民に納得感を与えられない。
行政内部で腹落ちしない。
そうした状態では、本導入は「挑戦」ではなく「リスク」と見なされてしまいます。
逆に、技術検証と並行して
評価基準が明確に設計されている
意思決定に耐えうるデータが揃っている
説明責任を果たせるプロセスが可視化されている
この状態をつくることができれば、本導入は“思い切った決断”ではなく、合理的な意思決定になります。
企業の皆さんが実証実験に臨む際には、
「どの機能を検証するか」だけでなく、
「どのように信頼を獲得するか」まで設計すべきです。
行政は単なる「実施主体」ではなく、
信頼獲得プロセスの設計者であるという視点を持つ必要があります。
議員の皆さんは成果の有無だけではなく、
その検証プロセスがどれだけ説明可能な形で設計されていたかという観点で評価すべきです。
実証実験とは、
“試す場”であると同時に、
信頼を積み重ねるための社会的プロセスでもあります。
この両輪がかみ合ったとき、はじめて実証実験は本導入へとつながり、継続的な官民連携の土台となるのです。