行政と協働しようとする企業の多くが抱える前提に、 「市長を押さえれば通りやすいのでは?」 「課長とのアポさえ取れれば話は早いはず」 という認識があります。
担当が変わると話が振り出しに?「異動」を乗り越えるためのコツとは
官民共創の現場では、「担当者が異動した瞬間に案件が止まった」という声を本当に多く耳にします。
私自身、行政職員として20年以上、産業振興、スタートアップ支援、デジタル推進や地域活性とさまざまな部署で企業と協働してきました。
民間企業から「人が変わったら話がゼロに戻った」「担当者のギャップが大きすぎて取引をやめた」という厳しい声を聞いたことも一度や二度ではありません。
行政内では当たり前に行われている“人事異動”。
しかしその仕組みが、官民連携を阻む最大のボトルネックになりつつあります。
今回の記事では、なぜそうしたことが起こるのか。その構造的理由と、民間企業・行政双方が持つべき視点、そして異動を乗り越えるためのコツをまとめます。
1.なぜ「異動」が官民連携の最大ボトルネックになるのか
行政の担当者は、平均すると2~3年のスパンで異動します。
新任担当者が前任者の熱量や理解度を引き継げれば良いのですが、現実はそう簡単ではありません。
民間側は、行政との協働に時間もコストも投じています。
企画を練り、打ち合わせを重ね、信頼関係を築きあげ、その上でようやく実行段階にたどり着きます。
しかし、担当者の異動によってこの文脈が途切れ、一から説明し直しになる。
これが毎年のように繰り返されているのが現場の実態です。
実際に私は、異動をきっかけに案件が完全に止まり、その自治体との関係を断念した企業の話をいくつも聞いてきました。
行政側の「仕方ない」という当たり前が、外側では大きなビジネスリスクとして認識されているのです。

2.行政の「異動」の目的――合理性はあるが、時代とのズレも見えてきた
行政の人事異動には明確な目的があります。
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民間企業との癒着防止
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属人化の回避
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ジェネラリスト育成
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組織横断的に経験値を積ませる
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政治的・組織的な事情への対応
これらは本来、行政組織が公正性を保ち、適正な運営を行うために必要な仕組みでした。行政内部だけで完結する業務が中心だった時代には、非常に合理的だったと言えます。
しかし今は、行政だけでは地域課題が解決できない時代です。
デジタル化、地域活性化、スタートアップ連携、AI導入─どれも民間の知恵とスピードなくしては成り立ちません。
にもかかわらず、従来と同じローテーション型人事を続けていると、
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民間が積み上げた文脈が一瞬で消える
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行政側の準備不足で引継ぎが機能しない
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新任担当者の理解速度やスキル差が大きい
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結果、民間企業が離れてしまう
という現象が起こります。
つまり、制度としては正しいが、現場の実態とはズレが広がっているのです。

3.現場で起きている「異動の弊害」のリアル
官民連携の現場では、次のようなことが実際に起こっています。
① 案件が止まる
前任者と順調に進んでいたプロジェクトが、後任の理解不足で急停止する。
② 文脈の断絶
民間側は数か月~数年かけて積み上げた背景や意義を、またイチから説明しなければならない。
③ 熱量のギャップ
行政職員には個人差があります。前任者が非常に優秀だった場合、後任者のスキルギャップはより大きな問題となる。
④ 民間が離れていく
「自治体の都合で案件が回らない」という経験をした企業は、別の自治体との連携を選ぶようになる。
行政に悪意があるわけではありません。
ただ単に仕組みとして文脈が失われる構造があるだけです。
そして今、その影響が行政と民間の協働全体を揺るがすほど大きくなっています。

4.柔軟な人事運用が成果を生む-成功自治体の共通点
一方で、異動のデメリットを理解し、柔軟に運用して成功している自治体もあります。
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プロジェクト単位で担当者を数年間固定
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民間企業との関係性が深い部署では異動を考慮
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前任者と後任者を同席させ、長期間の引継ぎ期間を確保
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民間との共創を“組織戦略”として位置づけている
こうした自治体は、官民連携の成果が出やすく、民間企業からの信頼も高い傾向があります。
つまり、異動制度そのものではなく、“運用の柔軟性”が成果を左右しているのです。
5.民間企業が持つべき「異動リスク」への戦略的視点
行政の異動はコントロールできません。
しかし、異動の影響を最小化する設計は、民間側が自ら行うことができます。
(1)優秀な担当者+二番手の職員を早期に巻き込む
行政内部には必ず二番手がいます。
動きが良い主担当者に依存せず、早い段階で二番手の職員とも接点をつくっておくことで、異動後も案件が止まりにくくなります。
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重要な打合せに同席してもらう
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メール共有・情報共有を同時に行う
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前任者との関係性の中に後任候補を自然に巻き込む
些細な配慮ですが、長期的に見れば大きな差になります。
(2)「一点集中」ではなく「複数自治体との面展開」でリスクヘッジ
一つの自治体に依存しすぎると、異動のタイミングでビジネス自体が揺らぎます。
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関係性の良い自治体を複数持つ
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動きが悪くなった自治体には早めに見切りをつける
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逆に動きが良くなりそうな自治体にリソースをシフトする
官民連携は、すでに「点」ではなく「面」で捉える時代になっています。
新しい取組みほど、行政との事業では成功事例を作ることが大切です。
動きの良い自治体と形にし、成果を出すことが、結果として全国の自治体の施策と官民連携の質を高めることに繋がります。

6.行政側に求められる視点-「民間のコスト感覚」を理解すること
官民連携を進めたい自治体こそ、次の視点が必要です。
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民間は担当者との関係構築に時間もお金も投じている
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優秀な職員の異動は、民間側にとって“再投資コスト”になる
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行政は民間から“選ばれる時代”に入りつつある
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柔軟な人事運用は、自治体の競争力そのものになる
行政が民間のコスト感覚を理解し、異動の運用を工夫することで、官民連携の質は飛躍的に向上します。
7.異動は防げない、だが「乗り越える設計」はできる
行政の異動制度そのものを変えることは難しいかもしれません。
しかし、現場レベルでは工夫できる余地がたくさんあります。
民間側は、異動リスクを織り込んだ戦略設計を。
行政側は、民間のコスト感覚を踏まえた柔軟な運用を。
その両輪が噛み合ったとき、初めて官民共創は安定し、地域に価値を生み続けることができます。
異動は避けられない。
しかし、「異動に左右されない官民連携」は設計できる。
これこそが、これからの自治体に求められる視点ではないでしょうか。
